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東京地方裁判所 平成2年(刑わ)2360号 判決

主文

被告人を懲役七月に処する。

未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。

押収してあるシャープペン中軸様のもの一個(平成三年押第四一号の1)、キャップ一個(同押号の2)及び消しゴム一個(同押号の3)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、平成二年一二月六日午後八時二五分ころ、東京都荒川区南千住一丁目九番一号先路上においてH(当時四六歳)に対し、所携の護身用に改造したシャープペン(平成三年押第四一号の1ないし3が一体となっていたもの)を右手に持って、その先端を同人の左頸部に突き刺すなどの暴行を加え、よって同人に加療約一〇日間を要する左頸部刺創の傷害を負わせたものであるが、本件犯行当時、精神分裂病のため心神耗弱の状態にあったものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(累犯前科)

被告人は、昭和六三年六月一三日東京地方裁判所で傷害罪により懲役八月に処せられ、平成元年一月二三日右刑の執行を受け終わったものであって、右事実は検察事務官作成の前科調書によりこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、行為時においてはいずれも平成三年法律第三一号による改正前の刑法二〇四条及び罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては右改正後の刑法二〇四条に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから、刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、所定刑中懲役刑を選択し、前記の前科があるので同法五六条一項、五七条による再犯の加重をし、右は心神耗弱者の行為であるから、同法三九条二項、六八条三号により法律上の軽減をした刑期の範囲内で被告人を懲役七月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち一二〇日を右の刑に算入し、押収してあるシャープペン中軸様のもの一個(平成三年押第四一号の1)、キャップ一個(同押号の2)及び消しゴム一個(同押号の3)は一体として判示犯行の用に供した物で被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項を適用してこれを没収し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件犯行当時、被告人は、妄想型精神分裂病により、行為の是非善悪を弁別しこれに従って行動する能力を欠いていたものであり無罪である旨主張するので、以下、この点について検討する。

一  犯行当時の被告人の精神状態について

1  この点について、高木洲一郎作成の鑑定書(以下「鑑定書」という。)及び証人高木洲一郎の当公判廷における供述(以下「高木証言」という。)中には、被告人は、少なくとも昭和六三年以後、妄想型精神分裂病に罹患しており、本件犯行時も同病に罹患していたとする部分があるところ、その根拠の概要は以下のとおりである。

(1) 被告人には、次のとおり、考想察知、関係妄想、妄想知覚、幻聴、社会行動の障害、病識欠如等妄想型精神分裂病に特徴的な重要な徴候が存在する。

ア 昭和五五年(三九歳)ころから、誰も知らないはずの一日の自分の行動が仕事上の親方に当てられてしまう、あるいは、自分の考えていることや他人に明かしていない自己の前科関係などが同僚等に分かってしまうなどといった、精神医学でいう考想察知が存在したと同時に、自分に関係のない同僚等の言動を、自分に被害的に関係づけて考えるといった関係妄想も認められた。そして、千葉刑務所に服役中の昭和六三年ころからは、「自分の心の中を覗かれる。」といった考想察知の症状が明確に認められ(千葉刑務所服役中の言動については、同刑務所長作成の捜査関係事項照会回答書により裏付けられる。)、これが鑑定時まで続いている。

イ 遅くとも昭和六三年六月から、日常の些細なことに至るまで、自分が思っていることやこれから行動しようとすることすべてを外側から嘲弄的あるいは脅迫的に指摘するような幻聴が頻繁に見られるようになり、これが鑑定時も続いている。

ウ このほか、「頭の中で考えていると、町の中でその人とばったり会う。それがやたらに多く普通でない。」「こいつはAという人間だなと思うと、無意識のうちにAと囁く。それで急にAのことを考えると、彼らは空からAを観察しているから、ばったりAに会う。」などというように、実際の知覚に異常な意味付けがされ、その意味付けの理由が合理的にも感情的にも了解不能な妄想知覚の症状も認められる。

エ 高校時代までの被告人は学業の成績は優秀で、学級委員長などのリーダーの役割も担っていた生徒であった。ところが、二四歳(昭和四〇年)ころから社会行動に障害が生じ、人間関係がうまくいかず、勤労意欲もなく、放浪的生活を送りつつ、人付合いのない自閉的、孤立的な生活を送り、親族との交渉もなく、親しい友人もいないという状態になっており、高校時代までの人格との間には、環境の変化のみでは説明のつかない大きな変化が見られる。

オ 被告人は、右のアないしウの症状について、千葉刑務所の中に装置があり、大きな権力が人工衛星を使ったりして自分を実験しており、右の各症状は、右実験により引き起こされているものであるとの妄想(二次妄想)を抱くに至っている。その結果、被告人には、右症状が精神病等の内因的なものによって生じているとの病識が基本的に欠如している。

(2) 考想察知等の症状の原因として、アルコール幻覚症、拘禁反応、知能障害、器質性精神病、覚せい剤中毒、進行麻痺なども考える余地があるが、被告人の場合にはそのいずれも否定される。

2  ところで、被告人にはこれまで精神分裂病による治療歴がない上、被告人の家族歴についての資料も乏しく、被告人の生活状況についても、家族その他の周囲の者の供述等の資料が得られなかったため、右鑑定は、もっぱら本件記録に顕れた被告人の供述内容、鑑定人による面接の際の被告人の訴え等(以下、「被告人の主訴」という。)を基礎としている(ただし、昭和六三年七月一九日に新潟刑務所に服役したころの被告人の言動については一部裏付けがある。)。他方、関係証拠によれば、被告人は、右の供述及び面接時点においては、精神分裂病の症状についてある程度の知識を持っていたことが認められる。そこで、前記鑑定部分の採否を判断するに当たっては、被告人の主訴が、自己の刑責を免れるための詐病の訴えかどうかの鑑別が重要な問題となる。

鑑定書及び高木証言によれば、被告人は、三回にわたる鑑定人との面接における、いろいろな角度からの質問に対し、前後矛盾することなく速やかに前記1の(1)の考想察知等の症状を一貫して回答し、その応答態度も考えながら慎重に答えるというものではなく、自分から進んで喋り、自己の体験内容に確信をもったものであり、いかに周到な準備をしていたとしても、演技としてこのような応答をすることは不可能と考えられたこと、これまで右症状を人に訴えなかったことの説明等についても不自然な点はなく、被告人は、むしろ精神病と診断されることをおそれていたことが認められる。また、被告人作成の手紙、被告人の当公判廷における供述(公判手続更新前のものを含む。以下同じ。)によれば、被告人は、本件犯行より前の平成三年二月から三月にかけて、前刑の事件の弁護人宛に前記1の(1)の考想察知等の症状を訴える手紙を出していることが認められる。

右に認定した事実に、後記二の2のとおり、本件犯行が偶発的なものであったこと、前記1の(1)の各症状についての当公判廷における被告人の供述態度等を総合すると、右鑑定部分の基礎となった被告人の主訴は、被告人が真実体験したことを訴えているものと認めるのが相当である。

3  以上検討してきたところによると、鑑定書及び高木証言中、被告人は、少なくとも、前記1の(1)の各症状の訴えをしていたことにつき新潟刑務所長作成の捜査関係事項照会回答書の裏付けのある昭和六三年以後、妄想型精神分裂病に罹患しており、本件犯行時も同病に罹患していたとの部分は、その鑑定の経過、内容等に特に不合理な点は認められず、その他関係証拠を子細に検討しても、これに疑問を差し挟むべき事情も窺われないので、右鑑定結果に従い、被告人は、本件犯行当時、妄想型精神分裂病に罹患していたものと認めるのが相当である。

二  本件犯行当時の被告人の責任能力

この点について、鑑定書及び高木証言中には、本件犯行は精神分裂病に基づく明らかな幻覚妄想の上に行われたもので、当時、被告人は物事の是非善悪を弁別し、それに従って行動する能力に欠けていたとする部分がある。

しかしながら、本件犯行当時における被告人の責任能力の有無、程度については、裁判所において、鑑定書の右鑑定部分の結論に至る経過等をも斟酌しつつ、犯行当時の被告人の精神分裂病の病状、犯行前の生活状態、犯行の動機・態様、犯行前後の行動等の諸般の事情を総合して判断すべきものであるので、以下、この点について検討する。

1  犯行当時の被告人の病状等

鑑定書及び高木証言によれば、被告人は、前記一の1の(1)の妄想等以外の一般の会話をする限りは話がまとまっており、支離滅裂ということはなく、人格の崩れも感じさせないが、右の妄想に関連しては明らかな妄想体系が認められること、被告人には対人的な交流はほとんど見られず、社会適応という観点からはかなり精神分裂病が進んでいるとも見られること等から、被告人の妄想型精神分裂病の程度は、重症とまでいえるかはともかく、中等度以上の状態にあったといえることが認められる。また、関係証拠によれば、被告人は、本件犯行当時、前記一の1の(2)のエのとおり自閉的で孤立した生活を送っていたとはいえ、一か月に一〇日間位の日雇い労働で得た収入等により独立して自己の生計を立てていたことが認められる。

右認定の事実関係に照らすと、本件犯行当時の被告人の精神分裂病は軽症とはいえないが、いまだ重症には至っていなかったものと認めるのが相当である。

2  犯行の動機等

Hの司法警察員に対する供述調書、被告人の検察官及び司法警察員(平成二年一二月七日付け)に対する各供述調書、被告人の当公判廷における供述等の関係証拠を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 被告人とH(以下「H」という。)は、東京都〈住居表示省略〉所在の簡易宿泊所(以下「G荘」という。)二階の廊下を挟んで斜めに向かい合わせの部屋に止宿し、始めは廊下ですれ違うときに挨拶を交わす程度の仲であったが、その後、競馬等の話をするようになった。

(2) 平成二年八月ころの夜、被告人が所持金を入れた財布(ベルトの裏側がチャック付きの入れ物様になっているもの)を居室に残したまま一〇分間ないし二〇分間外出したが、その翌朝、右所持金がどう考えても二万円足りないと考えるようになった。そして、被告人は、右外出当時、廊下のHの部屋の前にはスリッパがあったが他の部屋の前にはスリッパが見当たらなかったことから、前夜の外出時にG荘にいたのはHだけであり、同人が金を盗んだのではないか、と疑った。

(3) 被告人が金を盗んだのはHではないかと思った瞬間、とったのはHだという幻聴や、Hらしい声で、「気が付いたのか。」「そんなに入っているならいいじゃないか。」等被告人を愚弄するような幻聴が聞こえ、その後も、同様の幻聴が何回もあった。その過程で、被告人は、Hが自分の金を盗んだのも、自分を実験している大きな権力が同人をかいらいとしてやらせたものであるとの妄想も抱くようになった。

(4) 前記(2)のとおり、被告人としては、Hが金を盗んだものと疑い、同人に対する憤まんを抱いていたところへ、前記(3)の幻聴や妄想も加わり、同人に対する憤まんを一層募らせていた。しかし、Hが金を盗んだという確証もないことから、Hに直接文句をいうこともできず、被告人は、Hを疎んじるようになり、廊下ですれ違っても挨拶をすることなく、同人を無視する態度をとるようになったほか、飲酒してG荘の自室に帰る際、入口の引戸を大きな音をさせて閉めたりするような行動をとるようになり、Hは、これを被告人の同人に対する嫌がらせと受け取っていた。

(5) 本件犯行当日の平成二年一二月六日午後八時ころ、被告人が外でビールや酒五、六合を飲んでG荘の自室に戻った際、またも入口の戸を蹴ったり、大きな音を立てて閉めるなどしたため、Hは、被告人の部屋に行き、「何か俺に対し面白くないことでもあるのか。」などと質した。これに対し、被告人は、Hに喧嘩を売られたと感じ、その場での争いを避けるため、「表で待っていろ。」と応じた。そこで、HはG荘の外に出て、判示の本件犯行場所で被告人を待っていたところ、しばらくして被告人が同所にやってきたので、同人は、被告人に対し、「前は競馬などについて色々話したじゃないか。なぜ話をしなくなったのか。お前と俺は友達じゃないか。」などと言った。

(6) 被告人は、前記(2)ないし(4)の経過で、被告人の金を盗んだ犯人だと考えて憎しみを募らせていた当のHから「友達じゃないか。」ということを言われたことから、酒の酔いの勢いも加わり、「人の金を盗んでおきながら何が友達だ。」と、それまでの憤まんが一挙に爆発し、やにわに「ぶっ殺してやる。」などと怒号し、護身用に携帯していた判示の改造シャープペンで本件犯行に及んだ。

右の事実関係に照らすと、被告人が本件犯行に及んだのは、被告人としてはHが自分の金を盗んだと考えていたものの、確証がないため直接同人に文句を言うこともできないままに、同人に対する憤まんを抱き、これに、Hらしい声で被告人を愚弄するような幻聴等が加わり、同人に対する憤まんを一層募らせていたところへ、当のHから、「友達じゃないか。」などと、被告人からすれば神経を逆撫でするようなことを言われたため、それまで同人に対して募らせていた憤まんが一挙に爆発した結果であると認められる。確かに、前記(3)及び(4)のような幻聴や妄想が被告人のHに対する憤まんを増幅させ、それが被告人が本件犯行に及ぶについて相当程度影響していたことは否定できないが、前記の犯行に至る経過を見る限り、被告人のHに対する憤まんの根本は、Hが平成二年八月ころ被告人の金を盗んだと被告人が考えていたことにあったというべきである。そして、被告人がこのように考えるに至った直接の根拠を見ると、前記(2)のとおりそれなりに了解可能な推論であって(当公判廷においても、被告人は右の推論を繰り返し供述しているところである。)、右推論は妄想や幻聴とは一応切り離されたものである。そうすると、被告人が本件犯行に及んだ動機は、その根本においては、なお了解可能なものというべきであって、少なくとも、本件犯行が、妄想や幻聴に支配されたり、直接動機付けられたものということはできない。

3  犯行態様、犯行前後の行動等

H及びIの司法警察員に対する各供述調書、被告人の検察官及び司法警察員(平成二年一二月七日付け)に対する各供述調書、被告人の当公判廷における供述、司法警察員梅津悟ほか一名作成の緊急逮捕手続書等の関係証拠を総合すると、本件犯行状況、その前後の被告人の行動等について、以下の事実が認められる。

(1) 被告人の本件犯行態様は、右手に改造シャープペンを持ち、左手でHの襟首を掴んで引きつけ、下から突き上げるような形で、右シャープペンを同人の首筋に突き刺す、というものであった。被告人は、一方で、右改造シャープペンでは衣服に被われている部分には効果がないと考えてHの首筋に刺したが、他方で、この程度の凶器では、Hが死んだりすることはない、と考えていた。

(2) 被告人は、前記2の(5)のとおり、Hから喧嘩を売られたと感じるや、G荘内での争いを避けるため、同人に「表で待っていろ。」と応じた上、事態の鎮静を図る意味もあって、若干遅れて本件犯行場所に赴いた。また、本件犯行後、被告人は、Hに続いてG荘に戻ったところ、同荘の管理人が電話をかけていたことから、自分の犯行を一一〇番通報しているものと思い、どうせ捕まるのなら自分の方から交番に行こうと考え、管理人に「自首するよ。」と告げて、再び同荘を出た。そして被告人は、通報を受けてG荘に急行中のパトカーを認めるや、両手を広げるようにしてその前に立ちはだかり、警察官に対し、本件犯行を申告した上、警察官とともに本件犯行場所に行き、その場に落ちていた改造シャープペンを示し、これで犯行に及んだ旨説明した。

右に認定した事実関係によると、被告人は本件犯行を遂行する過程で、それなりに合理的な判断をしている上、犯行前後においても、一方でG荘内での争いを避けるための配慮を示すとともに、犯行後も、自己の行動の違法性を十分認識し、自ら警察に赴こうとし、途中警察官と出会った際には、自己の犯行を申告するとともに、犯行現場で凶器を指示しているのであって、被告人の犯行の態様、犯行前後の行動には、何ら不自然、不合理な点は見受けられない。

4  犯行に至る経緯、犯行状況等についての被告人の記憶見当識等

被告人の当公判廷における供述、検察官及び司法警察員に対する各供述の内容をみると、本件犯行の前後を通じ、被告人は意識が清明で、一時的にもせよ錯乱状態に陥った形跡がなく、犯行に至る経緯、犯行状況、犯行後の行動に至るまで、被告人の記憶見当識は極めて明瞭で、前後矛盾するところは何ら認められない。

以上1ないし4で見てきた、被告人の病状、生活状況、犯行に至る経緯、犯行状況、犯行後の行動及びこれらについての被告人の記憶見当識等に照らすと、鑑定書及び高木証言中、本件犯行が精神分裂病に基づく明らかな幻覚妄想の上に行われたもので、当時、被告人は物事の是非善悪を弁別し、それに従って行動する能力に欠けていたとする部分はたやすく採用することができず、その他関係証拠を子細に検討しても、本件犯行当時、被告人が物事の是非善悪を弁別し、それに従って行動する能力を全く欠いていたことを窺わせる事情は認められない。

しかしながら、前記一並びに1及び2で認定したところによれば、被告人が、本件犯行当時罹患していた妄想型精神分裂病による幻聴や妄想により、被告人のHに対する憤まんが増幅された結果、被告人の本件犯行に対する自己制御が著しく困難になっていたことは明らかであって、前記3及び4で見たような本件犯行の態様、犯行前後の被告人の行動及びこれらについての被告人の記憶見当識等を考慮に入れても、なお、被告人は、本件犯行当時、妄想型精神分裂病に起因する妄想や幻聴により、自己の行為の是非を弁識し、これに従って行動する能力が著しく減じており、心神耗弱状態にあったと認めるのが相当である。

三  結論

以上の次第で、被告人は、本件犯行当時、妄想型精神分裂病により、行為の是非善悪を弁別しこれに従って行動する能力を欠いていたものであるから無罪であるとの弁護人の主張は失当であるが、犯行当時、被告人は同病により心神耗弱状態にあったものと判断した。

(量刑の理由)

本件は、かねてから被害者に金を盗まれたと考え、同人に対し憤まんを募らせていた被告人が、簡易宿泊所の入口引戸の閉め方を巡って同人と口論となった際の同人の言葉に憤激して、判示の犯行に及んだ事案であるが、被害者が被告人の金を盗んだかどうかについては何ら確証がないにもかかわらず本件犯行に及んだ被告人の行動は短絡的かつ粗暴であるといわざるを得ず、その犯行態様も、芯の部分に鋼鉄製の棒ヤスリを入れて改造したシャープペンを被害者の首筋に突き刺すという危険なものである。また、被告人は累犯となる同種前科を含め懲役前科七犯があるにもかかわらず本件犯行を敢行しており、その規範意識も乏しいものといわざるを得ない。以上の事実に照らすと、被告人の刑事責任は重いが、他方、前記のとおり、被告人は、本件犯行当時、妄想型精神分裂病に罹患し、これによる妄想や幻聴のため本件犯行に対する自己制御が著しく困難な状態にあったこと等の事情もあるので、これらの事情も斟酌の上主文のとおり刑を量定した次第である。(求刑 懲役一年二月)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官戸倉三郎)

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